【MBA】法務スキルはMBAで役に立つのか

2022年10月28日

はじめに

HEC Paris(HEC経営大学院)のMBA課程を卒業し、日本に帰ってきました。現在は、都内で弁護士として企業法務・倒産事業再生の仕事をしています。

当面は、フランスのHEC Parisでの留学中に経験したことや、学んだことなどを発信する予定です。

さて、今回は、出願予定者から質問のあった「法務スキルはMBAで役に立つのか」という点について、弁護士である私の経験をもとに回答したいと思います。

結論から言えば、HEC Parisでの留学中、他のバックグラウンドの同級生、特に、コンサル、会計士、データサイエンティストの経験者からは助けられることが多かったですが、私の弁護士としての法務スキルは、MBAではあまり役に立たなかったと感じています。

この記事では、私が助けられた他の同級生のスキル、私のスキルが役に立った場面と、法務人材とMBAの関係について、個人的な経験と私見を述べたいと思います。

あくまで個人的な経験をベースとしたものので、評価にかかわるところでもあり、異論も当然あると思いますが、その点はご容赦ください。

MBAで役に立つスキル

HECのMBA課程の2021年1月入学者は、約150名でした。

その中で、フランス人は全体のおよそ5%程度しかおらず、国籍も豊かでしたが、同級生のバックグラウンドも多種多様でした。コンサル、銀行員、会計士、投資家、マーケター、航空会社、軍隊、データサイエンティスト、起業家、エンジニアなど、本当に幅広い職種を経験した同級生がいました。日本人弁護士は私だけでしたが、他の国の弁護士も私の他に5名いました。

それぞれが各自の経験やバックグラウンドをもとに授業で発言をしたり、それぞれのスキルを活かしてグループ課題に貢献するなど、HECのMBAではお互いに助け合いながらビジネス知識を学んでいきます。

その中で、個人的に私がとても助けられたと感じた同級生は、コンサル、会計士、データサイエンティストの経験者でした(もちろん、他の同級生にも助けられながら卒業までこぎつけましたが、これらの同級生には特に助けられました。)。

まず、MBAでの発表や課題には、パワーポイントでのスライド作成が不可欠です。しかし、私は、弁護士という職業上(?)、業務でパワーポイントに触れる機会が全くと言っていいほどなかったため、スライド作成スキルは非常に低く、時間をかけて文章だらけの分かりにくいスライドを作っていました。

他方で、コンサル業界の出身者は、スライド作成能力が格段に高く、短時間でとても丁寧でわかりやすいスライドを作っていました。

特に、Term2で一緒だったコンサル業界出身のイタリア人は、「プレゼン用のスライドはセクシーでなければならない」という明確な理念の下、グループで作ったバラバラなスライドを、一晩かけてとても分かりやすくきれいにしてくれました。そして、書いてある内容が同じでも、見た目が「セクシー」だと伝わり方、受け手のイメージが全然違うことを、はっきりと示してくれました。

また、元会計士の方にも、数字面でとても助けられました。特に印象的だったのは、グループで作ったバランスシートがいつまでたってもバランスせず、数人がかりで間違いを探していたときのことです。会計士バックグランドのクラスメイトが一瞬でバランスシート上の間違いを見抜き、指摘してくれたことに感動しました。

統計学やデジタル領域が関わる授業では、データサイエンティストに助けられました。特に、統計学の最終プレゼンに向けて、データサイエンティストのインド人女性がグループを主導してくれ、元データの集め方から、データ処理の仕方、統計分析と評価の手法、プレゼンのリハーサルまで、丁寧に教えてくれたことが印象に残っています。

これらのスキル保有者は、MBAの期間全体を通じて、グループワーク等で活躍していたように思います。

法務スキルはMBAで役に立つのか

他方で、コンサル、会計士、データサイエンティストといったスキルと異なり、私の弁護士としての法務スキルについては、「あまり役に立たなかった」という印象です。

もちろん、全く役に立たなかったわけではないのですが、私が留学中に、自分の弁護士としてのスキルが役に立ったと感じたのは、以下の3回ほどです。

① まず、経済学のレポートで、あるビジネスモデルを検討していた際に、一部に「訴訟になったら会社はどう主張すべきか」、という設問がありました。この設問に関しては、弁護士ですから、まさに本領を発揮できるところで、グループに貢献することができました。

② 次は、ビジネス上の倫理に関する授業で、企業不祥事(会計不正)のテーマを扱ったときです。この点も、コンプライアンスに関するところであり、企業法務弁護士として取扱業務の一部なので、自分の弁護士としてのスキルを活用することができました。

③ 最後は、データプライバシーの授業の課題で、GDPRに関するトピックが出たときです。この授業では、個人データに対する各国の保護規制や、ヒトのデータの収集方法・取扱いの倫理的な取り決め、AIの規制、個人データの活用の仕方などを学びましたが、初回のグループ課題の中でGDPRに関する項目があり、そこでは弁護士として学んだ知識が活きました。

そのほかには、コーポレートファイナンスの授業、M&A(財務面)の授業、上場会社のマネジメントの授業の中で、それぞれ少しずつ企業法務にかかわる話も出てきましたが、今までの経験が「すごく役に立った」という感じはしませんでした…。

なお、交渉の授業では、弁護士の経験から得た交渉のノウハウを使うことができましたが、これは「法務」ではないように思いますので、この記事での評価からは外したいと思います。

このように、私のMBA留学中に、弁護士としての法務スキルが役に立ったと実感する経験は多くはありませんでした。そもそも、具体的な法規制などは各国で違いますし、MBAを学びに来る生徒が学びたいのは各国の法規制ではないので、法律の知識が役に立ちにくいのは、当然のことなのかもしれません。

法務人材とMBA

もっとも、法務スキルがMBAで役に立ちにくいからといって、法務人材がMBAに向いていないということではありません。

法務スキルがMBAで役に立ちにくいというのは、逆にいえば、MBAは法務スキル以外のビジネススキルを伸ばす場といえると思います。すなわち、法務人材にとってのMBAは、自分がまだ身に着けていないスキルを、他の人材以上に幅広く学ぶことができる機会なのです。

私自身、MBAでの経験を通じて、今まであまり取り組んでこなかったマーケティング、人事(採用、マネジメント、評価)、財務会計、経営戦略、事業管理などの分野を学ぶことができて、それぞれの理解を自分なりに深めることができました。

また、法務スキルをダイレクトに活かせる場面は少ないかもしれませんが、法務で培った思考方法や、リサーチ力や、危機管理の感覚などは、クラスやグループでの課題に活かすことも間違いなく可能です。

このように、私の個人的な経験を前提とすると、弁護士としての法務スキルがMBAで役に立つ機会は多くはなかったのですが、逆に言えば、法務人材こそ、MBAで多くを学ぶことができる人材といえるのではないでしょうか。

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Posted by のすけ